人気ブログランキング |

K アミ セラピ 整体と気功を組み合わせた施術
by kami-therapy
K アミ セラピ
神戸北野の小さな治療院
「K アミ セラピ」
東洋医学に基づいた整体と気功を組み合わせた施術で
こころと身体の治療を行っています。

■ホームページ
http://www.k-ami.net/
最新の記事
新HPのお知らせ
at 2019-02-09 14:23
兄 弟
at 2018-11-13 13:18
水を知る=ウオーターデザイン
at 2018-10-22 14:40
電話
at 2018-08-27 16:14
10年前のブログから 
at 2018-07-04 16:20
カテゴリ
最新のトラックバック
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2010年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

トルコ  * シルクロード
私達を載せたバスは 地中海沿いを次第に離れ

内陸のアナトリア地方 カッパドキアを目指して走る

その道筋は 途中 昔のシルクロードとも重なっている

当時 シルクロードを旅した商隊は 

道筋に沿って30~40キロごとに建てられた、

「サライ」と呼ばれる宿舎に泊まりながら 旅を続けた

多くの貴重な貿易品をもたらす商隊を 国は厚く保護し

1か所のサライに 2日間までは無料で宿泊飲食できたという


その現存しているサライの一つを 外から見学したが

建物自体が高い城壁に囲まれていて さながら要塞のようである

やっぱりこれくらい堅固でないと 夜中に荷も馬も盗まれますわな・・・


ひとしきりサライの説明をし終えたトルコ人現地ガイドの ムヒさん、

喜太郎の「シルクロード」のCDをかけ始める

(ムヒさん、かゆみも止まりそうな強面の渋メンなのに 意外とロマンティスト

 ちなみに バスのドライバーの名前は ムーミンさん、

             平和な谷の村に連れてってくれそうな気がする )


喜太郎を聞きながら バスはシルクロードを走り 

私は 随分以前に旅した中国 西安を思い出していた


西安の 西の門を出る時 ガイドさんが言った

”その昔 絹の道を旅する人たちは 皆この門から旅立っていったデス”

そして 街からしばらく離れたところで

”ここが 旅人達を見送ってついてきた人たちと 先へ旅する人たちが別れた場所デス”


「なごりが尽きずに とうとう ここまで一緒に来てしまいました
  
 が ここでもう お別れせねばなりません  

 友よ

 遠く行くあなたが無事であることを この柳の枝を折り 私はお祈りしています」


という詩を聞かせてくれたのを 思い出した

現代の ”じゃあね~ バイバ~イ” とゲートに消えていくあっけない別れとは

比べ物にならない 旅の別れの重さである


そうだ 昔 長安と呼ばれた あの都と 

今 走っているこの道はつながり 

そして一昨日 後にしてきたイスタンブールやイズミールの港町へと続いたのだ


何という 距離だ

飛行機で13時間かいなと ヒイヒイ言っている私達は なんだ


「覚悟」 が ないんだな・・・と思う


旅立つ覚悟   見送る覚悟   進む覚悟    待つ覚悟






現存する サライ

 


f0233665_2220238.jpg


by kami-therapy | 2010-11-23 22:20
トルコ * エフェソス
翌日は 古代都市遺跡群のエフェソスへ向かった

ここは ギリシア時代小アジア最大の都市国家だったという

スゴい人だ

英語 ドイツ語 フランス語 日本語 諸々語が飛び交っている

途中 猫(どこにでもいます)の写真を夢中で撮っていて あやうく迷子になりかけた


神殿 病院 図書館 浴場 公衆トイレ(男性用 必ず誰かが座って写真を撮っている)

跡などがあり これが世界遺産になっていないのが不思議だ

野外劇場は その最上階段に座ると怖いほど 大きな半円形のすり鉢型だ

すり鉢の底のステージだった場所で 他の日本人グループの女性が

りっぱな声量で「赤とんぼ」を歌って 拍手を浴びていた

確かに 上段まで肉声が響く 素晴らしい音響効果だ
 
             (音響効果への拍手だったのだろうか?)


この大劇場に続く 広い港通りを(当時は海岸が迫っていた)

船から降りたクレオパトラがアントニーと共にパレードしたという

二人の新婚旅行の地である


そういえば以前 

この地で クレオパトラの妹の霊廟らしきものが発見されたと聞いたことがある

政権争いに負けた妹は エジプトからここエフェソスまで逃げのび 

修道院に身を潜めたが 何者かに暗殺されている

その霊廟が もし彼女のものであれば その遺骸から生前の顔を再現し

姉であるクレオパトラの素顔をさぐってみよう という試みだった

できたCG映像は ”あら・・・そうなの?” て感じのものだった

私が勝手にもっているクレオパトラのイメージとは違ったからだ


エジプトは アレキサンダー大王の死後 

彼の家臣であったプトレマイオスによって治められた

そのプトレマイオス朝の最後の王女が クレオパトラだ

だから私のなかでは 彼女はエジプト顔でなく ギリシア系の美人なのだが 

そうではなかったので ちょっと意外な気がしたのを覚えている


また 今回 見ることはできなかったが この地には聖母マリアの家もある

キリストの死後 使徒ヨハネに伴われてマリアはこの地で亡くなったといわれている

 
ほんとうに 石の文化のすごさを感じた

古代の登場人物達が歩いた石畳を 私達は今 また同じように歩き

彼らが寄りかかった壁の前で 記念撮影をし

何万人の人が座っただろう石の階段に 腰かけている


私達は 決してとどまることが許されず 時と共に瞬く間に消えていくのに

石は長くその形をとどめながら やがてゆっくりと土に帰っていく

どちらが地球の住人なんだ?

私達って 地球の「借り暮らしのアリエッティ」 なんだな と思った
f0233665_22285198.jpg


by kami-therapy | 2010-11-16 22:37
エーゲ海
出発してからの長い1日が終わり、アイワルクのホテルに到着

この街はエーゲ海沿いのリゾート地で 夏の別荘が並び立っているが 

今はシーズンも終わり 静かにひっそりしている

おかげで 全員 海側の部屋に落ち着くことができた

白いバルコニーに出ると 

プライベートビーチが眼下に見下ろせ 波の音が心地よい
f0233665_1823587.jpg

エーゲ海と さわやかな風と 夜空に浮かぶ満月近い白い月・・・

~タラララララ~~NNNN~~AAAA~~~~

いったい この夜 何人の人がバルコニーでジュディ・オングしたことだろう

by kami-therapy | 2010-11-09 18:25
トルコ * トロイ
13時間のフライトの後 トルコ イスタンブールに着いたのは まだ暗い夜明け前

バスに乗り込み マルマラ海沿いを走る車窓から

美しい朝やけと 大きな空と地平線と海を 飽きるほど見ていても まだ飽きない

昨日までは 雨交じりの天気が続いていたそうだ

なんだか お天気女神に歓迎されてる気がする

フェリーで ダーダネルス海峡を渡ると トロイへ向かった


トロイといえば トロイ戦争

トロイ戦争といえば 木馬  ということで お約束の木馬が立っている

あまりに観光的な・・・と嘆きたくなるが 

ここで発見された財宝をシュリーマンが持ち出してしまっているので 気の毒な気もする

遺跡は何層にも重なっているため まだまだ発掘されていない部分が多くあるが

それでもトロイ戦争時代の城壁を含め 紀元前数千年からの都市跡がうかがえる世界遺産だ


そもそも トロイ戦争は なんで起きたか?

ホメロスが書き留めた 伝説「イリアス」 によれば・・・


ある宝物をめぐり 女神ヘラ、アテナ、アフロディテが 美を競い合うことになった

史上初の ミスコンであろう

そして 審査員の先生に選んだのがトロイの王子 パリス

(なんで? こんな若造に聞くのだ!?)

その際 三人ともビミョーに自信がなかったのか 取引を持ち出す

自分を選べば  ヘラ、アテナは 力や勝利を  

アフロディテは世界一の美女を 彼に与えると約束したのだ

パリスは即座に アフロディテを選んだ

(若い! 青い! アホい!)

アフロディテは 約束を守った が、

その時代 世界一美しかったのは スパルタ王の妻 ヘレンだった

アフロディテの子分 キューピッドに矢を射抜かれたヘレンはパリスと恋におち

手を携えて トロイに逃げ帰ってしまう

そこで ギリシャ連合艦隊は大軍をなしてトロイを攻め 

10年にもおよぶトロイ戦争が始まったという

ここで ブラッド・ピットのアキレウス登場 

パリスの兄の勇将ヘクトルを倒すが 彼もその後 アキレス腱を射抜かれて死ぬ

(アキレウスは半神半人で不死身だったが アキレス腱だけが急所だった
                 ちなみに 弁慶の泣き所は向こうずねだった)

そんなこんなの10年戦争を終わらせたのが 木馬作戦だった

逃げ延びたトロイの子孫が その後ローマ帝国を築いたため 

歴代のローマ皇帝達は トロイを祖国としてしばしば訪ねたという


しか~し 

ヘレンがいくら美人でも そのために10年も戦い続けはしないだろう
              美人は3日で飽きるというじゃないか・・・

ガイドさんが言う

”このトロイは 当時の帆船にとって欠かせない 風を待つ要所だったのです”

そうでしょ?そうでしょ! 

決して美人争奪の戦いではなく 地の利を得るための戦争だったのですよね よしよし


どうも私は 美女のために歴史が動いた式の物語が 

              欲得のごまかしのようで好きでない・・・

・・・・・いや、美人へのやきもち でなく・・・そうでなく・・・  

ただ・・・ちょっと・・・ひがんでますが それが何かっ!?

f0233665_22534692.jpg
 

by kami-therapy | 2010-11-03 22:54