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10月 父の弟である叔父が逝った なので先月は 月始めと終わりに2回九州に帰省することになった 叔父と父は 本当に仲の良い兄弟だった どこか仙人風の穏やかな父と、どこかちょい悪風の憎めない叔父と 生まれ育った台湾の昔話で酒を飲む二人の姿は誰が見てもいいものだった そういえば、うちの母は、父との見合いの際 仲人さんに ”誰にやいてもいいが、弟だけにはやきもち焼くなよ” と くぎをさされたそうだ その母が50代で父を置いて逝ったとき 葬儀が終わり、親戚がみな引き上げても 叔父は残り 縁側に寝そべって煙草をふかしながら いつまでも帰らなかった その時は分からなかったが、 叔父は黙って父のそばにいたのだろう 何を話すわけでもなく ただそばにいてくれたのだろう その叔父が 兄貴を置いて先に逝ってしまった 父は車椅子でかろうじて通夜にでたが 翌朝 なかなか起きてこないので様子を見に行くと ベッドに腰かけて胸をおさえていた 父は左足に義足をして生活してきたのだが 最近は重い義足を装着するのも大変なようだ 手伝おうか というと、 ”今日は わしは行かんでもいいかな・・・” と言う ”腰が痛くて座ってもおれんし・・・ 写真(遺影)見てると 人がおらんかったら声出して泣きそうになった こんな のさん(つらい)もんかなあ・・・” 父が 自分のつらさや悲しさを表現するのを 私ははじめて聞いた 姉と私で出席した葬儀から戻ると 父はひとりで茶の間にいた 少し治療しようかと誘うと いつになく渋る 私は開業してから帰るたびに父の施術をさせてもらってきた それしか 私にはできないからだ 父もそれを察してか いつも素直にうけてくれた けれどその日は立ち上がるのもしんどかったようだ それでもベッドに移動して治療を始めた 整体で腰の治療をして 乱れ打っている脈を 何とか整えようとやっていると いつか父は寝入っていた ふと見ると 目の周りに涙の跡がある ひとり茶の間に座り 叔父を見送っていたんだな と思う もしかして 荼毘にふされながら 叔父も茶の間に来て 父と語り合っていたのかもしれない 兄と弟 それ以上に 人生の戦友 失った穴を誰にも埋めることはできないが 父は 少し持ち直し 淡々とした生活に戻ってくれつつあるようだ photo by Keigo・Y いつも素敵な写真を提供してくださっているKeigo Yosidaさんの2019年カレンダーが出来ました 楽天ラクマで photo-Keigoオリジナルカレンダーで検索ください /rakuma.rakuten.co.jp/home/
by kami-therapy
| 2018-11-13 13:18
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